・はじめに
「ポールのベースには繰り返しが無い」とよく言われます。確かにその通りです。しかしそれは、繰り返しの無いベースラインはその場のフィーリングでなんとなく演奏した結果ではないということに注意しなくてはなりません。
今回はポール・マッカートニーの演奏するベースラインにおける、パターン化と変奏の構成力について、Please Mr. Postmanを題材に解説しましょう。
・Please Mr. Postmanの楽曲形式
[Verse] || [A]→[A']→[A'] || [A]→[A']→ [A] | | [A'']→[A''] || [A(Fadeout)]
まず 当該楽曲の構成を把握しておきましょう。上記に示したように構成は8小節の同じコード進行の上でメロディを少し変えながら繰り返す一部形式の変奏になっています。
[A]がコーラスとリードヴォーカルの掛け合いのセクション[A’]コーラスの”woo”をバックにリードボーカルがメインになるセクション[A”]がラスト2小節がブレイクになるセクションです。どのセクションもコード進行は ||A | | F#m| | D | | E | || の極めてシンプルな8小節パターンとなっています。
・Please Mr. Postman の基本ベース・パターン
初期のビートルズはロックンロール色が強いので、フィーリングで演奏しているようなイメージがありますが、実は「パターン」を強く意識して、あまりそこから逸脱しないように演奏しています。冒頭で述べた「繰り返しが無い」という言葉と一見矛盾しますが、そこはあとで説明します。
基本ベースパターンを以下に示します。とーんすっととーんのポップスタイルの8ビートを軸に、コードとコードを経過音でなめらかに繋ぐスタイルです。
・パターンの変奏
ここからが今回の話のキモとなります。曲を通して上述のパターンを演奏しており、次の節で述べる後半まではパターンを大きく変化させていません。しかし、8小節のコードがリピートされるたび、どこか一箇所、わずかに変化させているのです。具体例を示しましょう。
[Verse] || [A]→[A’]→[A’] || [A]→[A’]→ [A] || [A”]→[A”] || [A(Fadeout)]最初の[A’]ではDのコードの部分がこのように変化します。基本パターンにはないシンコペーションが特徴的です。
[Verse] || [A]→[A’]→[A’] || [A]→[A’]→ [A] || [A”]→[A”] || [A(Fadeout)]2回目の[A]にもシンコペーションフレーズが現れます。
このような変化はあってもなくても、聴感上影響を与えないように思うかもしれません。ですが筆者はそのようには思いません、特にPlease Mr. Postmanのような単調な曲の場合、小さな変化が僅かに加わることで、パターンが生き生きとし、聴き手も飽きずに最後まで曲を聴くことができるのだと考えています。他にも小さな変化はいくつもあるので、ぜひ曲を通して楽譜を書いてみて下さい。感動しますよ。
・ポールのセンスに脱帽
筆者がPlease Mr. Postmanのベースラインを始めて採譜したとき、最も感動したのがラスト2小節がブレイクになる[A”]の部分です。
[Verse] || [A]→[A’]→[A’] || [A]→[A’]→ [A] || [A”]→[A”] || [A(Fadeout)]まずはAのコードの箇所を見て下さい。ここに来て始めて新しいパターンが登場します。ポールが得意とする分散和音ラインです。これまでも小さな変化はありますが、大きな変化は最後の最後まで我慢してきたのでとても効果的です。
しかし何よりポールのセンスの素晴らしさに脱帽するのが2小節前です。それまで5度のラインを基本としてきたので、普通に考えればこのような演奏になるはずです。
しかしポールは次のように演奏しました。
なんとこれまで演奏していたパターンをやめて、ルートのみを演奏しているんです。このことで次の大きな変化に向かってエネルギーを蓄える助走に似た効果が実現しています。そしてAの分散和音ラインで2小節かけてためたエネルギーが放出される。このセンス!この構成力!参りました。
・おわりに
今回はPlease Mr. Postmanのベースラインを通じて、ベース・ラインがパターン化と変奏にシンプルな曲を最後まで飽きずに聞かせられる秘密があることを解説しました。一見重箱の隅つつきのようですが、このようなところを丁寧にコピーするか、いい加減にやるかで、演奏に差がでるように思います。
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