「サビ」が無いビートルズ音楽

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シンガーソングライターの松本則彦氏が、ポップスにおける、いわゆる「サビ」の部分について、こんな記事をFacebookで書いておられた。

   あくまでも僕の想像だけど、ボブ・ディランも「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」のサビの部分は
苦肉の策だったんじゃないかな?ポールも「ヘイ・ジュード」でもうひとつ何かがいるんじゃない
かと悩んでジョンに相談したら「もう完成してるよ!」って言われて安心したって話があるけど、
その何かっておそらく盛り上がるサビの部分がもうひとつ いるんじゃないか?ってことだと思うよ。 
(松本則彦氏のfacebook投稿より引用)

・「サビ」の定義

ポピュラー音楽に携わる人間の日常的な感覚に基づいて「サビ」を便宜的に定義すると、おおよそ次のようになるだろう。

①通常、歌のメロディを構成する一連のセクションの最後に位置付けられる。

②通常、曲を通してもっとも高揚感のある旋律作りがなされる。

③通常、今日を通してもっとも印象的な旋律作りがなされ、その曲の「顔」となる。

以上の定義は、もちろん学術的な信頼に値するものではなく、ポピュラー音楽の分野における「サビ」概念を論じるならば、言説資料の収集、実際の楽曲 に照らし合わせた分析等のプロセスを経る必要があり、それだけでポピュラー音楽学の論文が1本書けるほどの作業量と分量になるので(それは非常に興味深く、やってみたいことなのではあるが!)、ここはカジュアルなエッセイとして便宜的な定義に甘んじることにしよう。

・「サビ」の無い音楽

①最後のセクションに登場し、②高揚感があり、③印象的であるという「サビ」の例としてあげるにはCan’t Take My Eyes Off Youが適切だろう。「サビ」の前にホーンセクションのブリッジが挿入されるという構成こそ変則的ではあるが、曲中でもっとも高い音域でたたみかけるように歌われるこのセクションのイメージはまさに「サビ」である。

さて、そのイメージを持ってHey Judeを聴くと、松本氏が「盛り上がるサビの部分がもうひとついるんじゃないか?」とポールが考えたのではないかと推測するように、”And anytime you feel the pain…”と歌われる部分は、高揚感はあるものの「サビ」と言うには「印象」がやや弱い。むしろ、冒頭の”Hey Jude, don’t make it bad”と歌われるメロディをその曲の「顔」として覚えているのではないだろうか。 結論を先取りすると、実はビートルズの楽曲には、サビがない曲が非常に多いのである。

・「サビ」の無い音楽(2)二部形式と三部形式

いわゆるJ-POPに親しんでいると「サビが無い楽曲」なんて成立するのだろうかと思われるかもしれないが、《故郷》を思い出して欲しい。この唱歌は「兎追いし かの山…」と歌い出す[A]、そして「夢は今も めぐりて…」に始まり「…忘れがたき 故郷」に終わる[B]の二つのセクションで構成されている。先述の「サビ」の定義に基づくなら、この曲のサビは[B]のセクションにあり、高揚感を持つと共に、その曲の顔となるはずである。

たしかに、平坦な順次進行を中心とし、冒頭4小節が5度の音域に収まる[A]よりも、跳躍進行や刺繍音を多用し、4小節の間に9度の広い音域をダイナミックに歌う[B]に躍動感や高揚感を覚えるのは確かである。しかし、[B]はこの曲の「顔」と言えるだろうか。

《故郷》のメロディーとして、多くの人がまず思い出すのは十中八九[A]のはずだ。つまりこの唱歌には「サビ」がないのである。 《故郷》のように、その曲の顔となる[A]があり、それに躍動感の後に収束する[B]が続く形式を、音楽用語で「二部形式」と言う。また、[B]の後に[A]が再登場する(これを「再現する」という)[A]-[B]-[A]という形式もよくみられ、これは三部形式と言われる。

「二部形式」「三部形式」いずれの形式であっても、これらの形式には「サビ」は含まれていない。実はビートルズの楽曲には「二部形式」あるいは「三部形式」の楽曲が非常に多いのである。

岡野貞一《故郷》

・Yesterdayの形式分析

具体例としてYesterdayの形式を分析してみよう。”Yesterday..”と歌われるセクションを[A] “Why she”を[B]とし、形式を分析すると次のようになる。

[A]-[A]-[B]-[A]-[B]-[A]

構成をよく見ると [A]-[B]のひとまとまりが二回繰り替えされ、冒頭のみ[A]が1つ多いという構造が浮かび上がる。反復記号を用いて、形式図を単純化してみよう。

[A]||:[A]-[B]:||[A]

ここからさらに、反復を除去するとこのようになる。

[A]-[B]-[A]

以上の分析から、Yesterdayが三部形式の楽曲であることが導かれた。

結論を述べよう。ビートルズの楽曲には「サビ」が不明確な楽曲が多い。それは彼らが二部形式、三部形式といった伝統的なヨーロッパ音楽の形式を多用することに由来するのである。


LIVE INFOMATION

2018年9月8日(土)
上野御徒町 JAM SESSION
http://jamsession.jp/access/
開場:18:30
開演:19:00
入店:1,500円(1ドリンク付)
対バンにオールディーズ・バンドやベンチャーズ・バンドを迎え、ビートルズがデビューした時代の音楽全体の空気感を味わう趣向です。Beatles全曲演奏プロジェクトMalus Pumilaは初期初期シングルの代表曲を中心に演奏します。

《1st.ステージ:オールディーズ・バンド》
Vocal りか
Vocal ゆか
Vocal 蜜音星繋
Guitar なかちゃん
Keyboard 藤野純也
Bass TK
Drums KEN2

《2nd.ステージ:ベンチャーズ・バンド》
Guitar YASU
Guitar UG
Keyboard 藤野純也
Bass TK
Drums KEN2

《3rd.ステージ:ビートルズ全曲演奏プロジェクト Vol.1》
MALUS PUMILA:
ニシダショウゴ (as John Lennon)
やさし (as Paul McCartney)
アキラさん (as George Harrison)
タムラ テルカズ(as Ringo Starr)

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