I am the walrusが名曲になったのは、ジョージ・マーティンのアレンジによるところが大きいと筆者は考えています。アンソロジーに収録されている、オーケストラの入っていないベーシックトラックと歌のみのテイクを聴くと物足りなく”Walrus”という感じがしない一方で、オーケストラのみのアイソレイト音源を聴いた場合には、実に”Walrus”しているからです。

つまりWalrusがWalrusたる理由のほとんどはジョージ・マーティンのアレンジにあるのです。それにも関わらずWalrusを聴くと「ジョンの作品」と印象が強く残る理由は、ジョージ・マーティンの職人的なアレンジ技法にあります。

実はジョージ・マーティンの筆によるオーケストラパートにおける印象的な部分の殆どがジョンの書いた歌の旋律が元になっています。

例えばイントロのストリングスのフレーズ(譜例1)は中間部のジョンの歌のメロディのはじまりの部分と同じです。ここではこのモチーフを”b”と呼ぶことにしましょう。

(譜例1:イントロのストリングス)

(譜例2:中間部のジョンの歌の冒頭)

モチーフbは(譜例2)の直前のストリングスにも少し変形した形で現れます。これをモチーフb’と呼ぶことにしましょう。(譜例3)

(譜例3:ブリッジのストリングス)

モチーフb’は曲の至る所でジョンのヴォーカルに絡むように現れます。分かりやすいのが次のホルンのフレーズです(譜例4)

(譜例4:ホルンのオブリガート)

少々わかりにくいですがジョンの歌とコール&レスポンスするように”Pretty little policemen in a row”の直後に出現するチェロのフレーズもモチーフb’が元になっています。(譜例5)

(譜例5:チェロのオブリガート)

音価が縮小され(譜例4)の1/2にされているのがポイントです。このように(譜例2)から(譜例5)に示したオーケストラのパートがすべて、たった一つのジョンのメロディから作られているのです。これが、オーケストラパートはジョージマーティンが書いているにも拘わらず、全体的にジョンの作品という印象になる理由です。作曲家ジョージ・マーティンの職人技と言っていいでしょう。

最後に曲の歌い出しの部分を見てみましょう。(譜例6)

(譜例6)

”I am he as”と歌い始める印象的な半音下へいったりきたりを繰り返すラインは(モチーフa)は主にチェロに現れます。そして、(譜例7)に示すように、モチーフaとモチーフb’が複雑にからみあって、I am the walrusの世界が構築されているのです。

(譜例7)