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The BeatlesのYesterdayにおける詞情と終止形の関係。

どう歌うべきか

「大切な女性が自分の元を去ってしまった。」The Beatles のYesterday(1965)の歌詞はそんな内容です。このような曲は情感をこめて、感傷的に歌い上げたくなります。実際そのような表現を行っているカヴァー・ヴァージョンは少なくありません。

しかし、筆者はカバー・ヴァージョンに見られるような感傷的な歌い方は適切ではないと考えています。以下、Yesterday第一節の歌詞内容を考察することでその理由を示します。

詩情の対比

[A](1〜3小節)
昨日はどんな苦しみも他人事。
Yesterday, all my troubles seemed so far way.
[B](4〜5小節)
今は我が身にまとわりつくかのよう。
Now, it looks as though they're here to stay.
[C](6〜7小節)
あぁ、昨日のように思いたい。
Oh I Believe in yesterday.

(Lennon/McCartney,筆者訳)

第一節の歌詞を特徴付けるのは、過去を振り返る[A]、現実を見つめる[B]、現実から目をそらす[C]という三種の詩情の対比です。そこに感傷性はありません。

終止形が表現する詩情

 Yesterdayコード進行を分析すると、面白いことに気がつきます。コード進行が「3つの詩情」を表しているのです。

F       |Em7   A7  | Dm    |Bb   C7   |F       |Dm   G7   |Bb   F||

7小節からなるコード進行には、3つの異なる終止形が含まれています。

  1. d mollの完全終止(第2〜3小節)
  2. F Durの完全終止(第4〜5小節)
  3. F Durの変格終止(第6〜7小節)

ここで、Yesterdayの歌詞が3つの異なる詩情の対比により構成されていることを思い出してください。実は3つの終止形と、3つの詞の位置が完全に一致しているのです。

過去を振り返る詩情には d mollの終止形が、現実を見つめる詩情にはF Durの終止形が対応します。このことにより、詞の対比がより強調されます。

そして第3の部分、現実から目をそらす詩情には変格終止が割り当てられています。変格終止とはサブドミナントからトニックに終止する形のことで、柔らかい終止感が特徴です。またIVに通常はVに向かうドッペルドミナントが先行していることにも注目してください。このことで変格終止の柔らかさがより強調され、「現実から目をそらす」第三の詩情が際立ちます。

本記事はYesterdayの詩が3つの詩情の対比からなっていることに注目し、それぞれに異なる終止形がわりあてられることで、詩情の対比が強調されていることを論じました。The Beatlesのオリジナルの演奏を改めて聴くとテンポが意外と速く、抑制を効かせた歌い方をしていることに驚かされます。その歌い方は歌詞内容、音楽内容からみて理にかなった歌い方と言えるでしょう。