ポール・マッカートニーの作曲技法(闇に射す一筋の光)

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ポール・マッカートニーはマイナーを基調とする曲の一部にメジャーの部分を取り入れることで、暗闇に一筋の光が射しているかのような効果を得る作曲が非常に上手く、その技法を用いた代表的な作品として、Michell,Junk, Here Today, My Valentineが上げられます。たとえば、Junkは再現部が変奏される、[A]-[B]-[A’] の三部形式で、[A]がKey of F#m, [B]がKey of Aです。[A]と[B]が平行調の関係になっているんですね。

Here Todayは[A]-{B1]-[B2]-[A]という中間部が拡大された三部形式になっており、全体の構造も複雑です

Here TodayはC#m7-5(構成音:C#, E, G, B)という主和音になり得ない不安定な和音から始まります。その後にルートが半音下がって(C#→C)CM7(構成音:C,E,G,B)になり、Gのコードに一旦解決するも、低音のF#音を経由してEmに進行した直後、に借用和音=サブドミナント・マイナーのCmというノンダイアトニックコードが印象的に鳴り響いたのち、主和音のGに解決します。

以上の分析からもわかるように、Here Todayの冒頭の調はKey of Gではあるのですが(1)不安定なコード(C#m7)で始まる。,(2)主和音(G)が鳴り響く時間が短い。(3)平行短調の主和音EmとサブドミナントマイナーCmが印象的に響く。ということから、全体的にメジャーの響きは抑えられています。

中でもとりわけ、詳細な解釈への言及は避けますが、この曲の成立過程を知ると、C#m7-5という非常に不安定な和音ではじまること、”If you were here today.”と仮定法で歌われた直後に鳴り響くサブドミナントマイナーは解釈の上で重要なものに思われます。

さて[A]の後に続く中間のセクション、ここでは便宜的に[B1]と[B2]と呼ぶことにしましょう。[A]が闇だとしたら[B1]と[B2]はそこに差す光です。[B1]は下属調のKey of Cに転調し、[B2]は主調のKey of Gに戻ります。[B2]は[A]と同じKey of Gでありながら主和音がほとんど鳴らされず、闇が支配していた[A]とは対象的に主和音Gが大々的にとても明るく鳴り響きます。

さて、その後[A]が再現されますが、直前の[B2]でKey of Gが確定された後は、もはや最初のような暗く、不安定な楽想は感じ取れません。再現部のみに登場するストリングスセクションも相乗効果もあり、はっきりと Key of Gの明るいサウンドを感じ取ることができます。冒頭の[A]と再現部の[A]はメロディとコード進行の上ではまったく同じですが、中間の[B]を経由することで、はじめは闇であったものが、闇ではなくなるという構造は非常にたくみで、ポールが天才と言われる所以だと思います。

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